(Source: ForGIFs.com, via homuhomucat)
kagurazakaundergroundresistance:
2008-10-20これは「春日鹿曼荼羅」。
鎌倉時代の作だが、神仏習合の最も顕著な例として考えられる。神鹿の背に神木である榊に支えられた大きな円形の鏡が描かれている。この鏡は「春日大明神」の御正体であるが、ここに五体の仏菩薩が描かれている。 文殊菩薩、釈迦、薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音の五体である。これらの仏菩薩はそれぞれ若宮、一宮、二宮、三宮、四宮の本地仏である。
「本地垂迹」とは、日本の神は、仏(本地)が衆生を救済するためにこの世に現れた姿であるとする考え方で、仏を神の上位とするものである。中世には これに反して神を本地とする「反本地垂迹説」も出て来たが、片側をもう片側の仮の姿であるとする点で思想的には同じ形式をとる。ヨーロッパ等でギリシアの 神々がキリスト教では異端とされた点とはまた異なる。そのところは日本独特の流れとなっている。
この「春日鹿曼荼羅」と細見美術館所有の「春日神鹿御正体」の像、両者とも美術的にも非常に美しいものである。垂迹美術の逸品として心に残った。
このように、日本においては「神」と「仏」は日本人において「習合」という形で解釈され、我々の生活・思想のベースとなってきた。日本人の知恵およ び特性がこのような形態をとってきたのである。異なった考え方、思想を受け入れる精神的な懐の深さを持ってきたのが我々日本人であると思う。しかしこの頃 の状況を見るとその特性も薄れて来たのかなと思えて来る。文頭でも述べた様に、仏教伝来以降の大きな思想の伝来は戦後の民主主義であり、平和憲法であると 思う。その辺が最近の状況を見ているとどうもおかしな方向にむかっているような気がする。「神仏習合」という先人の考え方をここででもう一度考えてみる事 は、現在にも通じる事であると思う。
(via asanopiyo)
新卒と、ベテランに同じ戦力は求めない。
歩いてきた道は嘘をつかないし、知っている道は早足で抜けることが出来る。落ちた落とし穴は2度目以降は警戒する。
これは、「貯めてる奴が、貯めてる分野では強い」という当たり前の話であって、じゃあ若者は勝負にならないかというとそういう話ではない。
「貯める気がある奴が強い」
若者だろうが、今まで蓄積が無かろうが「貯める気があればどこまでも蓄積されていく」。
教える側からすれば、
貯める気のある奴には、突っ込んでモノを教えるし、考え方を教える。
貯める気の無い奴には、近道と結果だけを出す方法しか教えない。
教える方だってコストが高いんだから、蓄積する気の無い奴を相手にしてられないわけだ。
教えてもらう側もこれは一緒だ。
教えてもらう側になった時は「蓄積する気がある/ない」を明確にするのがいい。
蓄積する必要がなければ、単純な手順だけ覚えてショートカットすればいい。
蓄積する必要があれば、仕組みと考え方を理解しないといけない。
それが明確なら教える方のコストだって明確だ。覚える気のない相手に、懇切丁寧に教える必要もなくなる。
(大事な事なので角度を変えて2回書きました)
世の中の、やる事、やれる事の量はもう、とんでもないので。
すべてを覚える事は不可能だ。
ただし、何かをやろうとしたら、自分が出来ない事を出来る人の世話には必ずなる。
自分にない蓄積をしている人はリスペクトしたい。
“DOUBLE FLARE” KANE&DASTE 2012@kanagawa japan
(Source: lushsux, via alwaysphilthy)
山手線の落書き防げ スプレーはじく特殊塗料で覆う
JR東、ガード下など
2012/5/15 23:38
落書き、もうさせません――。東日本旅客鉄道(JR東日本)は、山手線の周辺の落書き対策に本格的に乗り出す。鉄道施設やガード下の壁を特殊な塗料で覆い、スプレーやペンキによる落書きをはじくようにする。これまで同社が落書きを消しても、また繰り返される「イタチごっこ」の状態だったという。
白色の塗料などで落書きを消し、特殊な塗料でコーティングする。スプレー塗料などが付きにくく、付いた場合でも専用の洗剤を使うことで汚れを簡単にふき取れる。
特殊な塗料を使うため、1カ所当たりの費用は通常の2倍の約200万円かかる見込み。同社は5月末から、渋谷駅や原宿駅周辺のガード下などで落書き対策を始め、3年以内に100カ所で実施する予定だ。
(Source: nonstophomerun)





